Special : MS IGLOO2 重力戦線開発秘話 第2回[モーションキャプチャー大道具 2]

 前回は、モーションキャプチャーのデータ収録に関する基本的な流れとポイントを紹介しましたが、今回は実作業での裏話にスポットを当ててみましょう。
 完成した映像からはうかがい知れない、モーションキャプチャー用大道具&小道具制作秘話。そこには、アニメ制作がデジタル化に向けて進化したからこそ発生した、超アナログな作業がどのように行われるのか? 前回から引き続いて制作という立場から関わる3人にお話しを伺いました。

瓶子英波
サンライズ D.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』、『MS IGLOO2 重力戦線』と『U.C.HARDGRAPH』では設定制作を担当。モーションキャプチャーの役者の手配、キャプチャースタジオとのスケジュール調整、撮影当日の段取りからお弁当の手配まで諸々を担当。演出と大道具&小道具制作の橋渡し的な立場でもある

岩切泰助
サンライズ D.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』、『MS IGLOO2 重力戦線』と『U.C.HARDGRAPH』では設定制作を担当。現在はモデリングの管理を行っているが、大道具&小道具の制作にも参加している。

大原昌典
サンライズ D.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』で制作デスクになり『MS IGLOO2 重力戦線』でも制作デスクを担当。大道具&小道具制作においては、図面の作成や作業の指揮を担当している。

――大道具や小道具の制作が、モーションキャプチャーをする際には重要な位置を占めているのは判りました。でも、重要だからこそプロの大道具を作ってくれる業者に頼むようなことをしないのはなぜですか?

瓶子:スケジュールの問題もありますし、なにより『ガンダム』という作品に対する専門知識とそれに対応できる機微がないと作れないんですよ。

岩切:その場の状況に合わせて、すぐに作ったり直したりできないといけないし、それこそ発注する時に「モビルスーツのコックピットとは……」みたいな部分から説明できないですからね(笑)。どのレバーでどう動かしているのか判らない操縦席の理解から初めてもらわなくちゃならないじゃないですか。
大原:車や飛行機の操縦は理屈がありますが、モビルスーツの操縦は理屈じゃない(笑)。

――たしかに、その説明からはじめると完成するまで気が遠くなりそうですね。
ところで、大道具や小道具は簡素な形でまとまっていますが、これにも理由があるんですか?

瓶子:モデリングデータをもとに図面を引くので、作ろうと思えばリアルな形状にすることもできるんですが、演出の方から却下が出まして(笑)。「我々は大道具や小道具で職人技を目指しているんじゃないんだから」と。

岩切:実際には画面に映るわけじゃないですからね。単体としての完成度を高めるのではなく、あくまでモーションキャプチャーに必要な要素を押さえたものにしようと。例えば、ライフルなら構える時に手で押さえる場所や肩を付ける位置などがCGモデリングと正確に合うようにするというポイントだけを押さえて設計していますね。
大原:CGモデリングのプリントアウトに、実寸の長さや幅を書き込んで、それをもとに簡略化した図面を我々が作って、それをもとに大道具や小道具の制作が始まるわけです。

 

――モーションキャプチャーで使う大道具や小道具は、どういう要素が重要か知らないと作れないという部分も、自分たちで作らなければならない理由ということですね?

瓶子:そうですね。例えばこれは『重力戦線』第2話のラストで登場したジオン軍の対戦車ロケットランチャーですが、本体に網を使っているのは、演技する方にとりつけたセンサーを妨げてしまわないようにするためなんです。透けることで、本体の向こう側の身体の動きも捉えることができるんですね。

大原:形だけ必要なのであれば、直径が同じ塩ビパイプで作った方が簡単なんですが、大事なのはモーションを録ることなので、使われている素材にも意味があるんです。

岩切:コックピットのコンソール部分なども、プリントアウトしたものを配置して役者さんにイメージを確認してもらったあと、それを外せば網の板だけが残ってモーションを録れるようになっていたりします。

瓶子:それから、自分たちで作らなければならないもうひとつの理由が、問題点が発見された際に素早く対処できるということにあります。
 大道具の図面が完成した段階で、1度演出の方と打ち合わせをするんです。その際に、演出意図としてレバーが動いて欲しいとか、足下もデータを録りたいからペダルを作って欲しいという希望を聞くんですね。
 その後図面が完成した段階で再度打ち合わせを行って、どこがどのように動くというような説明を演出の方にします。この段階で、さらなる要望や問題点がピックアップされて、ようやく制作に入る感じですね。
 そして、大道具が完成したら今度は、実際に乗ったり動かしたりするんですが、その段階で強度や可動範囲などで問題点、さらなる要望が見つかることがあるので、急いで補強や改良を行うと。
 こうした演出側からの要望にすぐに対応できる点は、進行が大道具の制作をしている利点でもありますね。

――制作する際には、こうした問題の他にモーションキャプチャースタジオへの持ち運びなんかも考慮しなくちゃいけないんですよね?

大原:そうですね。持ち運びを考えて、バラバラになるように作って、あとからスタジオでボルトを使って組み立てられるようにしています。スタジオで組み立てるのに1時間かかったりするようでは困るので。かかっても20分程度で組み上がるようになっています。

瓶子:スタジオで大道具を設営するのも、それを作ったスタッフがやる方が効率がいいですからね。自分たちで作ったからこそ、組み立ての手順も判るし、トラブルが発生しても対処しやすいですから。前作の『MS IGLOO』の初期の頃に、大道具の制作とスタジオでの設営を別の人に頼んだところ、なかなか組み上がらないというトラブルがあったんです。
 スタジオは時間で借りていて、役者さんも演技をするために待っているわけですから、効率を考えるとやはり外の業者に任せることはできないですよね。

――大道具を作っていて、苦労するところどこですか?

岩切:やっぱり微調整ですね。制作側が「これで大丈夫」と思っていても、演出さんがチェックすると「これじゃ強度が足りない」となって。そこで、補強を入れると、今度は持ち運びに支障がでるとか……。あとは、作っている時やチェックの時は判らなくて、実際に演技をしてもらって初めて気が付くこともありますね。

瓶子:リハーサルをやってみて、はじめて「あ…、ここは……」ってなることが多いです(笑)。

岩切:そういう時は、だいたい翌日が本番なので、その晩のうちに大急ぎで直す……なんていうことはよくあります。

――大道具や小道具の機能に関するこだわりはわかったんですが、作り込みに関しても違っているんですか? 例えば、連邦軍とジオン軍のモビルスーツではコックピットの形がちがうとか。

岩切:もちろん、モデリングに準じて変えています。

大原:双眼鏡も連邦とジオンでは形が違うので2種類作っていますよ。

岩切:当然銃も形状や長さが異なっているので、違ったタイプをちゃんと作っています。

瓶子:ハンドガンひとつでも、銃身の長さや大きさによって持ち方が変わりますからね。ミリタリーテイストが強い作品ですから、そういう部分が適当ではいけないという思いがあります。銃を持つ姿ひとつとっても、今西監督が「もっと、こんな感じで持ってください」と演技指導していますから。

岩切:小道具の銃を作る時でもグリップの厚みやストックまでの距離は正確にしていて、「なんとなく形が似ている」というような手の抜き方はしていませんね。

瓶子:「後からCGで持たせるんだからいい」という考えではなくて、小道具の段階からちゃんとやろうと。通信機などは、当初はティッシュの箱製だったのが、最終的にはモデリングに近い形で小道具を作るように進化しているのがいい例だと思います。双眼鏡も、演技する際には実際に首からかけてもらって、そこにセンサーも付けてどんな動きをするか取り込んでいますからね。
大原:本当なら、銃は実際に持つとかなりの重量があるので、そこまで再現できるといいんですが、スケジュールの関係でそこまではやりきれていないんです。でも、演技をしてもらう前に、役者さんには本物を一度持ってもらって、重さを理解してから演技をお願いしています。


――そうした、細部へもこだわりつつ、作ってきた大道具の中で、一番苦労したのは、何ですか?

大原:そう言われて、すぐに思いついたのは61式戦車ですかね。

岩切:61式戦車の砲塔側のコックピットは確かに大変でした。ヤンデルが砲撃を行う時に、スコープを覗きながら狙いをつけるんですが、そのスコープには苦労しましたね。何か台の上にスコープを置いて演技してもらえると楽だったんですが、そうすると身体が隠れてしまってデータが録れない。だから、スコープを横から支えるような支柱を作っていったら、すごく複雑で大きなものになってしまいましたね。戦車のコックピットはモデリング的にも狭いのに、そこで演技をしてもらいながら、データも録るというのは苦労させられました。

大原:さらに、61式戦車は2人乗りなのでコックピットも形状が異なるものを二つ作らなくちゃいけなかったですからね。
 大道具単体として一番大きかったのは第1話のラコタですね。運転席から荷台まで車1台分ですから。一応、モーションキャプチャー用のセンサーにギリギリ入るサイズで作っているんですが、ギリギリすぎて「ラコタの横を移動する」というような演技ができなくて。運転席と荷台をバラバラにしてそれぞれを配置して演技できるようにしてあるんです。

――劇中でラコタが現場に到着して、歩兵たちが飛び降りて荷台のリジーナを運ぶというシークエンスは……

岩切:3〜4分割でモーションを録ってますね。1連の流れが仮に20カウントで終了するなら、何カウントでどの動きをしてもらうというのを決めて、カウントダウンしながらモーションキャプチャーをさせてもらいました。
瓶子:全員が同じタイミングで飛び降りるとおかしいので、タイミングをズラして飛び降りてもらったりもしましたね。

――それを聞くと、データ録りの作業もかなり気が遠くなりそうですね。

瓶子:でも、いつもご協力いただいてるモーションキャプチャースタジオのスタジオイブキさんでは早いほうだと言われますよ。1話分のモーションなら、2〜3日くらいで録り終えますから。前作では1〜2日だったんですが、『重力戦線』では背景的なモブの兵隊たちのモーションもあるので、データ収録の時間が長くかかってしまいますね。

大原:私たちはエキストラカットと言っているんですが、それだけで60カットくらい収録しているので、30分全部のモーション数は100を軽く越していますね。

岩切:第1話は歩兵から始まって、第2話、第3話とコックピット芝居が増えるに従ってだんだん大道具も大がかりになっていった印象はありますね。

大原:だけど、コックピットよりも第1話のリジーナの方が大道具としては大変だったかもしれないね。

瓶子:リジーナは強度が必要な構造なのに分解して運ばなくちゃならなかったから、ギミックもあって大変だったよね。

大原:あれは、データ録りが終わったら、すぐに壊れちゃいました。

岩切:分解して運べるようにしてくれと言われていたんですが、組み立てた後でも強度がなければいけなかったし。さらに、センサーの邪魔をしないようになるべくパーツ数を少なくしなくちゃならなくて。

大原:単体で動く場所も多くて、ギミックも組み込まれてという意味では、相当大変でしたね。

瓶子:結構要望が多くて、確かにリジーナが一番大変だったかもしれないですね。

――そうして、苦労されて大道具や小道具の制作をしているわけですが、ズブの素人がノコギリやカナヅチを使う風景は、文化祭の準備に近いイメージですよね。

岩切:作っている雰囲気も同じですね。

大原:「明日は文化祭だ!」というのが毎日続く感じで(笑)。デジタルの対極にあるすごいアナログな部分ですからね。

岩切:同じ建物の向こう側には、最新のデジタル機器やコンピュータが並んでいるのに、こちらではノコギリとカナヅチを持ってトンテンカンとやっているんですから(笑)。それこそ、最初はアニメの制作の仕事をしているのに工具を渡されて日曜大工の真似事をさせられた時はびっくりしましたけど、今となっては、そうやって自分が作った物が画面で使われるのは面白いなと思いますね。

――日曜大工的な作業に入ってしまうと、アニメ制作とは全然異なるノウハウが必要になるわけですが、苦労することは多いですか?

大原:そうですね。まずは買い出しという作業がありますから。大道具を作る時には、長い木材なんかも必要なので、それを積むことができるワンボックス車を借りてホームセンターに向かうところから、既にアニメ制作とは全然関係ないですからね。材料も買い出しに慣れていないスタッフが行くと高い木材とか切りにくい木材を買ってきたりすることもあったりするので、材料の目利きとかも培われたりします(笑)。

瓶子:ノウハウが伝わらないというのも悩みどころですね。進行さんは、入れ替わりが激しい立場なので。

岩切:僕も以前は進行として大道具制作に関わっていて、今はモデリングの管理という立場に変わっていますし。僕のように同じスタジオ内で立場が変わるならいいんですが、以前に大道具を一緒に作っていた進行さんが、今は別のスタジオに行ってしまったりしていますからね。だから、どうしても大道具制作はゼロからのスタートになりやすいんです。

――そうですよね。本業はアニメ制作なわけですから、いつもモーションキャプチャーをやっているわけじゃないですからね。

岩切:本業じゃなくて、あくまで必要に迫られてやっているので(笑)。

――そういう意味では、大原さんが唯一技術を伝えているわけですね。

瓶子:現場を見守る係りですね(笑)。

大原:僕の場合は趣味で日曜大工とかもやっていて、ホームセンターなんかにもよく足を運んでいたから、大道具作りに対しも抵抗はなかったんですが、年々、新しく入ってくる人たちが不器用になっているのが悩みのタネですね。

――さらに、大原さんの制作として今まで経験してきたノウハウが全く役に立たない、特殊な仕事だから、なかなか指導するのも大変じゃないですか?

大原:指導する内容は「ノコの引き方はこうだ!」みたいなのが多くて。もう、アニメの仕事でも、デジタルの仕事でもないですよね(笑)。

瓶子:なので、気が付けばうちの部署には電動工具をはじめとする、大工道具が気が付けば充実していますね。今西プロデューサー(監督)が「必要なら買いなさい」と言ってくれたので。

大原:当初、経理には「アニメ制作に大工道具が必要なの?」とか思われていたかもしれないんですが、最近では「大工道具が必要なら、D.I.D.に借りに行け」って認識になっているみたいです(笑)。以前は、自前のノコギリを持ってきたりしていましたからね。

――でも、アニメーションのデジタル化やCGの進化がなければ、こういうアナログな作業は生まれなかったわけですから、不思議な巡り合わせですよね。

瓶子:手描きのアニメだったら、絶対にいらない作業ですからね。

大原:CGアニメというものが、実写とアニメーションの中間にある微妙なポジションにあるからこそ、こうした大道具制作のような作業が生まれているのかもしれないですよね。

岩切:もちろん、パソコンの中で完結するCGアニメ制作もあると思いますが、うちのやり方では、CGによりリアルな感じを取り込もうとすると、この方法が有効なのかと思います。

瓶子:あとは、アニメ会社らしいこだわりが、こうした作業を必要としているんじゃないかと思いますね。それこそ、コックピットが欲しいというのは、“動き”を求めるアニメ制作の作画や演出の気持ちがそうさせているんじゃないかと。また、こうした作業をCGのオペレーターの方がやるのではなくて、制作という立場の人間がやっているのも、アニメ制作会社らしいですよね。制作というのは描いてもらう人の作業をスムーズにするのが役目ですから、CG制作担当者、演出、そして役者さんが演技をするという環境を整えるのは、まさに制作の仕事だと思いますね。

 

 モビルスーツが本物兵器として存在するかのように見えるハイクオリティなCG。劇中のキャラクターによりリアリティをもたせる俳優による演技とモーションキャプチャー。そして、それらをドラマチックに見せる演出。そうした、フィルムが完成した際に直接目にする部分の影には、それを支える裏方の仕事が存在しています。
 彼らのような大道具と小道具の制作は、普段では絶対にスポットの当たらない影の仕事で、最新デジタル技術とは真逆に位置するアナログな作業を行う立場にいます。しかし、現場を知り尽くし、クリエイターたちの要望に的確に応えられる彼らのようなスタッフがいるからこそ、架空の存在である宇宙世紀の兵器たちも、役者の演技に負けないほどの存在感を持ち得ているのは間違いないでしょう。そして、彼らの存在がなくては、高い説得力のある映像は完成しえないのです。

監督からひとこと(制作スタッフは、こんなことを言っていますが・・・・・・)

我々、D.I.D.スタジオが本格的にモーションキャプチャーに取り組んだのは、「MS IGLOO 一年戦争秘録」からです。
インタビュー中に、「アニメの制作のはずが、大道具製作などの変なことをしている」との発言がありますね。アニメ会社のCGスタジオなるがゆえに、ならではの、通常の作画アニメーションとCGとの融合を尊重して来たからなのでした。
しかし、一連の「MS IGLOO」シリーズからふっきったわけです。その戸惑いの端的な例が大道具製作だったのでしょう。ははは、笑っちゃいますね。
そのようなド素人集団を相手に、モーションキャプチャー撮りをお願いしたスタジオイブキの三浦さん以下、スタッフの方々の丁寧な対応には感謝感激でありました。後で聞いたところでは、彼らもなかなかのガンダム好きだったそうであります。そんなこんなで、両者の特質が混交し、独特のモーションキャプチャーとなりました。
 さて・・・、今度はどんなことをやるかなぁ。大道具を越え、セットでも組んでみましょうか! まさかねぇ。

監督 今西隆志

カテゴリートップに戻る