Special : MS IGLOO2 重力戦線開発秘話 第1回[モーションキャプチャー大道具]

 『MS IGLOO2 重力戦線』のキャラクターたちのリアルな演技を支える技術・モーションキャプチャー。モーションキャプチャーと言えば、実際の役者の演技をそのままデータ化するので、やはり演技するご本人の存在が最も重要! ……ですが、その役者さんのすばらしい演技を支えるのに欠かせない、もうひとつの重要なものが存在します。

 それは、モーションキャプチャー用の大道具&小道具。

 モーションキャプチャーの収録と言えば、全身タイツにセンサーを付けて、実際には存在しない状況を想像しながら演技します。役者にしてみると、実際に背景や相手のいない状況で演じることになるので、演技に没頭しにくいシチュエーションとなるわけですが、それを軽減するのが今回紹介する、モーションキャプチャー用の大道具と小道具というわけです。

 ここで言う大道具とは、モビルスーツのコックピットや戦艦のブリッジなど、役者の演技をするシチュエーションを再現するセット。小道具は、兵士の持つ銃や通信機などの演技の際に身に付けるものを指しています。これらの大道具や小道具があることで、役者はより自然な演技をすることができるようになるわけです。

 そして、このモーションキャプチャー用の大道具と小道具の制作を担当するのが、サンライズD.I.D.スタジオの制作部の面々。彼らは、最新デジタル技術がメインの職場にいながら、その対極に存在する最もアナログ的な作業に携わっています。
 彼らの本来の仕事である“制作”とは、アニメ業界においてはスケジュール調整や予算管理などアニメ制作をスムーズにするための橋渡し的な存在。

 しかし、そんな彼らが、デジタル技術が進化に伴った結果、大道具&小道具制作という仕事に携わることになったのはなぜなのでしょうか?

 

 今回は“デジタル映像における、最もアナログな作業”に関わる、サンライズD.I.D.スタジオのデジタル制作部の瓶子英波(設定制作)、岩切泰助(設定制作)、大原昌典(制作デスク)の3人に、モーションキャプチャーの裏側について語ってもらいました。

瓶子英波
サンライズD.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』、『MS IGLOO2 重力戦線』と『U.C.HARDGRAPH』では設定制作を担当。

岩切泰助
サンライズD.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』、『MS IGLOO2 重力戦線』と『U.C.HARDGRAPH』では設定制作を担当。

大原昌典
サンライズD.I.D.スタジオ。
『MS IGLOO』で制作デスクになり『MS IGLOO2 重力戦線』でも制作デスクを担当。

 

 まずは、彼らがどのように大道具と小道具を用意し、モーションキャプチャー撮影に使用されるのか、その流れを紹介していきましょう。

瓶子と演出担当者との間で、コンテに沿ってどのようなモーションデータの収録が必要かを話し合い、スタジオでのモーションキャプチャーの流れを決定する。

流れが決まり、どのようなシチュエーションでのモーション録りが行われのか? 収録状況にあわせたどのような大道具や小道具が必要になるのかが判明する。

CGモデリング周辺の設定制作を担当する岩切にどんな大道具が必要か伝えられる。モデリングデータと連動するモーションキャプチャーの際に“戦車のハッチが必要だ”というオーダーを受ければ、戦車のモデリング担当者の元へ、サイズ出しなどの発注を行う。完成していないモデリングデータの中でも、先にハッチ周りだけでも今後サイズの変化などがおきないように指示し、さらには戦車全体の大きさからハッチ部分が実寸だとどれくらいの大きさになるのかを割り出してもらう。

モデリングデータから割り出された実寸サイズなどが確定したら、大原のもとに伝えられる。実寸データをもとに、大道具や小道具用の図面が作成される。

制作する大道具と小道具の大きさや用途に応じて、構造を検討。どんな形で制作するかを決定後、材料をホームセンターなどで調達。

図面をもとに大道具と小道具の制作を開始。

実際に組み立ててみて、撮影に支障がないかなどを確認。問題があれば微調整や改修を行う。

モーションキャプチャー用のスタジオに大道具と小道具が運び込まれセッティング。モーションキャプチャーが開始される。 実際にモーションキャプチャーが行われる前の段階に、こうした流れで大道具&小道具は用意されています。

 

 では、もともとはどのような形からモーションキャプチャー用の大道具と小道具は現場に導入されるようになったのでしょうか?

「モーションキャプチャー用の大道具や小道具の制作は、最初から今のようなキッチリとしたもの作りがあったわけではなく、現場の要望に応じてグレードアップしていったんです」(瓶子)

 現在のモーションキャプチャーの収録方法は、シリーズ第1作目である『MS IGLOO 1年戦争秘録』から始まったとのこと。
 当初は艦船のブリッジが物語の主な舞台であったため、手を乗せるコンソールを模した台などを配置し、そこで役者に演技をしてもらう形をとっていたそうです。しかし、『MS IGLOO 1年戦争秘録』第2話ではついにモビルスーツが登場。そこでコックピット内部に座っての演技が必要となってきたことが、大道具と小道具の比重が増していく大きな転機なったようです。

「コックピットも最初の頃は紙の筒をレバー代わりに握ってもらって、“グイッと前に押し出す演技”をしてもらったり、コンソールパネルもただの板を置いただけだったりしたんです。その後、さまざまな現場の要望や撮影の状況を考慮して、ちょっとずつ細かく、ちょっとずつ正確にバージョンアップした結果、現在のような形になりました」(岩切)

 

 このコックピットの大道具も、収録を重ねながら問題点を改良した結果、現在の形にまで進化しました。今までの『MS IGLOO』シリーズでも、その時々のベストの形で大道具と小道具を制作されていましたが、やはり経験値によってより機能的に、より使いやすく進化していったといえるでしょう。

 こうして進化したコックピット用の大道具は、一見すると見た目こそ木の枠を組んだ簡易セットのようにみえますが、実はモーションキャプチャーデータ収録用に特化したさまざまな工夫が盛り込まれているのです。

「以前は、前後にスライドするレバーは高さだけ決めて前後に動かしてもらったり、操縦桿も同じような大きさの棒を握ってもらうという簡易的な感じだったんですが、やはり役者さんにいろいろと気を使わせてしまう部分が多かったんです。そこで、実際にスライドするレバーを作ったり、劇中の操縦桿に形状が近いゲームのジョイスティックを探して取り付けることで、演技がしやすくなっていると思います」(岩切)

「最初はイスが固定されていなかったため、役者さんが演技する時に身体がブレたりするので、光学センサーに反応しない位置でイスを押さえていたりしたんですが、演出からもモデリング班からもイスを固定して欲しいという要望に応えたりというバージョンアップもあります」(瓶子)

注:モーションキャプチャーは、身体に付けたセンサーの光を感知してモーションのデータをとる光学式(身体の自由が利くので大きな動きやアクションの動きをとるに向いている)と、身体に取り付けたセンサーに直接コードをつないでデータをとる有線式(コードをつなげているため動きに制約があるが省スペースでデータ取得が可能)が存在します。

 その他にも、役者がコンソールモニターの位置を認識しやすいように実寸のモニターのコピーを貼って位置を確認してもらえるような枠の設置や、光学センサーを遮らないようにするための網状パーツの使用や各部の取り外し機能などの機能が満載。手作り感あふれる大道具ながら、モーションキャプチャー用に特化した大道具として完成しているのです。

 こうした工夫を重ねて進化していった大道具ですが、モーションキャプチャーは、動きのみが劇中に反映され、実際の役者が映像に登場するものではないのも事実。果たして、ここまで作り込む必要性と、それに応えるほどの効果があるのでしょうか?

「効果はあると思いますね。モーションキャプチャーする際に、演出の方が役者さんに芝居を付けるわけですが、実際にコックピットに座ってコンソールモニターがここにあるという状況では、どのアングルから撮るか、顔がどこから見えるのかという部分が判りやすいので、演出する際には大いに役にたっています。また、実際にモーションキャプチャーの際にはいろんな角度からビデオカメラを回していて、演出さんが狙っているアングルにもカメラを設置するんです。その映像はCGアニメーションを作るスタッフ達が参考にします。役者さんの演技の表情も参考になりますし。完成図に近い画があるのとないのでは、やはり差があります」(瓶子)

「コックピットの形があるのとないのでは、役者さんのノリも違いますからね。キチンと各部が動くコックピットであれば、演技もしやすいだろうし“ここまで動くつもりで演技してください”と言われると、やはり気を使った演技になってしましますからね。演技に集中してもらえるという意味でも、大道具の効果は高いと思います」(岩切)

 CGを使った、よりリアルな映像に仕上げるために、演出や演技に集中してもらい、クオリティを高めるという点にも寄与しているモーションキャプチャー用の大道具。しかし、そこには見えない苦労もたくさん存在するようです。 次回は、大道具の実際の制作過程や制作現場の苦労などについてお伝えしていきます。

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